他者論

コミュニティの重要性

僕は2017年の9月から2018年の5月いっぱいまで,イギリスに交換留学していたんですね.
この留学を通して理解したことはいろいろあるのですが,そのうちの一つに「コミュニティの重要性」があります.
今回はそのことについてお話ししたいと思います.

コミュニティは誰のためにある?

僕が理解したコミュニティの重要性とは具体的に言うと,「強者ではなく弱者こそが最もコミュニティを必要とする」ということです.言い換えれば,「弱者にならないとコミュニティの重要性はわからない」ということでもあります.
詳しく説明しましょう.基本的に強者はあるコミュニティに対して明確な目的をもって参加します.例えば,日本一になるために名門高校のテニス部に入部したり,アカデミアでのコネクション形成のために学会に参加することが考えられます.彼らはこのコミュニティの中で個別的に行動します.自分と他のプレイヤーとの個人的なつながりを持とうとする.
例えば,テニスの強者ならコーチや自分と同等以上のレベルのプレイヤーとは熱心に練習しても,自分より格下の選手とはあまり頻繁に練習しようとはしないでしょう.同様に,ある学会の名物教授は,若く無名な研究者を教育することはあっても,彼らを対等な共同研究者として一緒に研究を進めることは少ないように思います.つまり,彼らにとって,コミュニティはあくまで自分がつながりたい人との媒介物としての役割しか持たず,コミュニティそのものが持つ価値というのはそれほど高くないのです.
これに対し,弱者にとってのコミュニティが持つ意味合いは,相互扶助的で包括的なものです.自分一人ではあまりにも非力だから権威の傘に守られるためにコミュニティに参加してくる.要するに,彼らにとってはそのコミュニティにいるだけで目的が達成されているわけです.

両者の関係を考えてみると,明らかに強者にとってのコミュニティは弱者のそれよりも高次なものです.コミュニティの中での立場があってはじめて,スタンドプレーができるようになるんですから.それに,強者にとっては,仮に彼らの主目的が達成されなくても最悪構わないわけです.彼らの目的は彼ら自身のアイデンティティに直結したものではないですし,強者なら似たようなコミュニティに容易に移ることも可能ですので,なんとでもなるんです.
逆に,弱者にとってコミュニティは一つの生命線のようなもので,うまく適合できるかどうかで,見える景色は全く違ってしまう.これは死活問題なんです.

僕のこれまでを振り返ってー弱者の視点ー

以上が今回の僕の主張なわけですが,僕が重要性を認識するに至った過程についても振り返りたいと思います.
自分は社交的でもなく,あんまりコミュニティに参加しないタイプの人間です.

高校時代の短期留学の時と神戸大学に在籍していた時です.詳しい説明は省きますが,どちらの時も,そのコミュニティで孤立していたのに加え,それ以外の居場所がなかったんです.似たような経験をされた方もいると思いますが,これは本当に堪えますよね.たったひとつのコミュニティの中で孤立してしまうと,本当につらい.
孤立してしまうことだけならまだしも,自分が属するコミュニティがそれ一つしかないということは他でうっぷんを晴らすことはできないし,自分の大多数の時間をそれについて考えざるを得なくなるので気がめいります.そうして,もはや何のために自分が存在しているのかわからなくなってしまう.
短期留学の2週間は高校生活の中で最も苦しんだ2週間として強烈に記憶に残っていますし,神戸大学も結局1か月も通わずに辞めてしまいました.特に,神大なんかは,もし何らかのサークルに入っていれば,大学を辞めてなかった可能性もあったでしょう.

僕のこれまでを振り返ってー強者の視点ー

しかし,たとえあるコミュニティで孤立したとしても,別のところに所属感が持てるような場所があれば,そこまで気に留めなくなるんです.
実というと,僕は九大の学科の中ではほとんど友達がいなかったです.もちろん,これは全て僕が積極的に友達を作ろうとしなかったり,仲を深めようとしなかったことに原因があります.自分と気が合いそうな人がいなかったので,無理して友達付き合いするよりも,自分の世界を大事にしようと思った.
ここで重要なのは,学科の中で友達ができなくても平気だったということです. それはなぜかというと,当時僕は大学の寮でルームシェアをしており,同居人を含めて,かなり仲のいい友達が数人いたからなんです.コミュニティが複数あると,当然一つ一つのコミュニティに向き合う時間はそれが一つの時よりも少なくなる.だから例え一つのコミュニティが耐え難いものであったとしても,ほかで自分に合ったコミュニティに参加できていれば,相殺することができるんですね.

とはいえ,九大にいるときは,それが当たり前でコミュニティの重要性という問題を考えたことはなかったです.
やっぱりアイデンティティにまつわることについて深く考えることができたのはイギリスに来たおかげだと思います.そもそも英語が上手く使えない自分は,この国の中ではコミュニティに参加することも難しいわけです.おちおちしていたら,すぐに孤立してしまう.留学直後,「このままいたら絶対アイデンティティの危機がおこる」と(おそらく)直感的に察知した僕は,現地の剣道クラブに間もなく入会しました.入会当初は実利的な理由(奨学金を受けている団体への報告書に書けるような経験をするため)から剣道をはじめたと思っていたのですが,今振り返ると,剣道経験者としてコミュニティ内でもそれなりの立場を確保でき,自分が安心できる居場所を本能的に見つけ出そうとしていたのだと思います.実際,こっちの剣道クラブである程度所属感を持つことができたからこそ,なんとかイギリスでの生活になじんでいるという実感を持つことにつながりました.

まとめ

僕は人付き合いに関してはかなり淡泊なほうだと自覚しているのですが,それでも一人では生きられないです.
僕が一人でいられるのも,結局どこか近くに信頼できる人間が居たからだったと思います.
コミュニティはセーフティネットです.孤立しがちな人ほど意識的にコミュニティに参加することが大事なんだと気づかされました.

P.S.
「弱者にコミュニティを」という主張は内田樹先生の著作の中でたびたび目にしており,その重要性は理解していたつもりですが,甘かったですね.全然わかっていませんでした.
人はやっぱり自分自身の切実な問題にならない限り,事態をはっきりとつかむことはできないのかもしれませんね.

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