人工知能

コンピュータサイエンスと学校教育

しばしば学校教育が社会に出て何の役に立つのか,という問題定義がされることがあります.
よるあるのが「自分は海外興味ないから英語なんかやらんでいい」とか「社会に出ても因数分解なんかしない」といったものです.それはそれで事実な面もあると思います(個人的に学校教育というのは知識そのものではなく,知識の身につけ方を修得する場だと思っているのですが,この話についてはまた追々…).ただ自分が今専攻しているコンピュータサイエンスをやる場合は事情が少し変わって,初等・中等教育で学ぶ内容が直接的・間接的に役立っている場面というのが少なくありません.

そこで今回は科目別にコンピュータサイエンスの学習と英数国理社の主要5教科とのつながりについて科目別に考えてみます.

英語

英語に関してはコンピュータサイエンス云々にかかわらず,その重要性はいたるところで叫ばれています.
企業の売り上げに対する海外の比率というのも年々上昇していますし,その結果として企業側が大学生に求める英語各種試験のスコアも上昇していってます.実際,街中でも外国人を見かける機会が10年位前と比べても格段に増えた気がするので,「英語ができるようにならないといけない」というのは日本人全体の認識としてあるのでしょう.
とはいえ,あくまで普通の日本人の英語に対する認識というのは「できたほうが格段に有利になるけど,できなくともなんとかなる」といったものでしょう.実際,僕もそう思います.別に英語なんかできなくても95%以上の人は困らないですし,こんな一言語に躍起になっているのはくだらないと思います.ただ,情報系の人はそういうわけにもいかない.この人たちは英語ができないとシビアな意味で困ります.

情報分野には「ドッグイヤー」という言葉があります.これは犬にとっての一年は人間にとっての7年に相当するという意味で,一般的にIT業界での1年の変化は他の業界における変化の7年分である,ということを示しています.これが意味するところは単純で,どれだけ素早く最新の技術を手に入れられるかが企業の存続において決定的に重要になるということです.はっきり言って,日本はIT分野,特に現在盛り上がってるソフト関連では遅れています.最新の技術は他の国(≒アメリカ)からとってくるしかない.じゃあ,やっぱり英語ができないとダメなわけです.もちろん,翻訳本もありますが,それだって出版されるのに原著が出てから半年から1年はかかってしまいます.それに,ネット上でソフトウェアやプログラミングについて探そうと思っても,日本語だけで手に入る情報というのは限られてますし,自分が他の人に何か尋ねたい時だって,日本語よりも英語のほうがずっと素早く,正確な情報が手に入るはずです.

と,いろいろ書きましたが「じゃあ,英語ができないとITエンジニアにはなれないのか」というとそういうわけでもないと思います,正直言って.英語というのは頭の良さ云々じゃなくてどれだけ時間を費やせるかというのが上達の要だと思うのですが,やはり長時間労働になりがちなこの業界において,まとまった英語の学習時間を作るというのは,休職でもしない限り不可能に近いことだと思います.だから結局みんな日本語に頼ってしまう,というのが現状でしょう.

でも,それで今は何とかなっているとしても,やっぱり外からの変化の波はいつか来ます.それが変化に乗り遅れた個人に直撃するのか,それとも企業全体に対してダメージを与えるのか,はたまた日本全体に対して決定的なダメージになるのかはわかりません.いずれにせよ,ITの世界で最低限自分自身の身を守りたいと思うのであれば,英語はビジネスレベルで身につけておくべきだと僕は思います.

数学

いうまでもなく,数学というのはコンピュータ,つまり計算機そのものを理論的に構成する大本です.
特にAI系を専攻するならば,大学数学の3大分野である線形代数学・微分積分学・統計確率は全て必須です.
これらに加えて,アルゴリズム論や離散数学,グラフ理論…といった応用数学の存在も考えるとやはり数学の重要性というのは際立っています.

ただ,僕は数学にはこの直接的な論理的思考力のほかにも得られるものがあると思ってます.
それは一般的に大学入試のセンター試験と二次試験を比べてみるとわかります.これら二つの試験で求められる能力というのは同じ「数学」でもかなり違っていて,センター試験で重要なのが何よりも計算力,そして二次試験で必要になるのが難問に対する粘り強さです.
センター試験の数学というのは時間との勝負です.年度にもよりますが,問題自体はそれほど思考力を要するものはなく,とにかく正確に素早く解いていく計算力が試される試験です.要するに,これは事務処理能力を測る試験なんですよね.たいして頭を使う必要はないけれど,とにかくミスなく数をこなせる能力というのは,おそらくどんな分野であっても必要な能力です.
対して,二次試験というのは基本的に6割取れたらいいから,とにかくできる問題は解き切って,難問であっても,自分の思考を紙に書いて部分点を取りに行くというのがセオリーですよね.基本的に数学の二次試験というのは2時間くらいの試験でせいぜい6問くらいしか出ません.一つ一つの問題に書けられる時間が長いんですね.その長い時間で,うんうん「あーでもない,こーでもない」と唸って問題解決に向かっていく.これはプログラミングでコードを書くとき,そしてデバッグするときとおんなじことです.こういった能力もこの5教科の中では数学でしか養えないでしょう.

国語

正直言って,僕は主要5科目の中で国語が一番重要だと思ってます.国語の重要性というのは藤原正彦さんや新井紀子さんなどの研究者の方もよく言及されています.正直,僕は現在のインプット偏重の国語教育が理想的だとは思っていませんが,国語教育そのものの重要性は間違いないものだと確信してます.

国語教育そのものの重要性は他の記事を見ていただくとして(国語教育の重要性ー前編ー),ここではコンピュータサイエンスにおける国語の重要性についてみてみます.そもそもこの分野では結構オンライン・オフラインを通して他者と交流する機会が多いんですね.オンラインならばQiita, Stack over flow, githubといった交流サイト(IT版のYahoo!知恵袋,ブログみたいなものです)がいくつもありますし,Kaggleや各種プログラミングコンテストでも入賞者は自分の解法をプレゼンや文章で紹介することが多いです.オフラインでも,勉強会や交流会(全能アーキテクチャ,Team AIなど)が結構な数あって,コミュニティ自体は活発です.

そういったときに重要になるのが,いかにして自分に必要な情報を読み取るかということと,いかに順序立てて自分の言いたいことを表現できるかということであり,この能力は国語の中で養成されるものでしょう.

理科

数学と比べるとその重要性は落ちるものの,依然として理科も大事な科目で,理系に進むならば理科を避けることはできません.それは,科学における「仮説→実験→検証」のプロセスを学べるのは理科だけだからです.ぶっちゃけ言うと,大学受験での理科というのはどうしても,採点の関係から理論的な話や計算に偏りがちで,このプロセスを意識する機会は少ないですが,小中学校を振り返れば,植物観察や化学の実験でこういった一連の流れは経験したはずです.実際,大学に入れば,たいていの理系は講義で実験&レポート提出というのは経験しますし,研究室や就職して企業のR&Dに進んでもやることは一緒です.最近は「PDCA」という言葉がはやっていますが,結局これもやってることは理科の実験とそんなにかわらないはずです.

社会

僕自身,社会は好きな教科なのですが,この5教科の中ではその重要性は断トツで一番下です.
少し僕のことについて話させてほしいのですが,高校時代の僕は「教養」について結構な憧れがあったんですね.それで「自分の専門以外のことも知っておきたい」ということで社会科目全般に力を入れ,浪人中は理系科目はそこそこに,哲学や歴史に関する本ばかり読んでました.(こういうとかっこよく聞こえそうですが,読んでた本は大したことなく,受験の参考書だったり,講談社とかの社会科学入門用の新書なんかだったりでした.).

じゃあそれらの知識が専門を学ぶ上で役に立ったかというとそういうわけでは決してない.そもそも,教養というのは役立つために勉強するものじゃなく,学ぶことそのものの過程を楽しむために勉強するものですよね.要するに,アニメやゲーム,ファッションなんかと同列で語られるべきものなんです.むしろ,アニメやゲームのほうが大学に入ってから周りと話を合わせやすい分,ある程度たしなんでおくべきと言えるかもしれません.

もちろん,情報系でも人工知能なんかだと特に「AIが起こした事故はだれが責任を取るのか」とか「AIで職を奪われた人間に対して社会はどう対応するべきか」というような社会的な議論はよく聞きます.そして社会学者なんかがよく「技術系の人間がこういったことにあまり関心がないように感じる」と不平を漏らすことも多い.

たしかにこういったことについて技術者も積極的に議論に参加すべきです.ただ,その議論に参加するにあたって初等・高等教育における社会科目がどれだけ有用となる知識をあたえるかというと,僕は懐疑的です.
おそらく倫理あたりはこういった議論をするうえで役立つだろうと思いますが,高校で倫理を勉強する理系の学生は現状,きわめて限定的であると言わざるを得ませんし,地歴なんかはもうほとんどこの議論においては何の役にも立たないです.(イギリスのラッダイト運動なんかが議論するうえでの好例になりうるでしょうが,教科書で1行2行程度にしか記述されないこの事件のために世界史を勉強するのは無駄が多すぎます.)

僕は社会科目が無駄だとは思いません.思いませんが,社会を勉強するにはあまりにも時間が足りないのです.他に勉強すべきことがもう,山ほどある.だから,それらのバランスを勘案すると社会科目は切っても仕方ないかな,というのが僕の意見です.

学校教育は大事だけれど…

こんな風に見ていくと,やっぱり学校の勉強というのは特に理系にとっては非常に大切だということがわかります.
だから,もしこの記事を見ている中学生・高校生の方がいらしたらどうぞ思いっきり勉強してください.今勉強した分だけ,そのまま自分の武器になります.

…と,残念ながらそう簡単に話を終わらせられないんです.もちろん勉強ができていい大学に行った学生ほど技術者として優秀になる可能性もそうでない学生よりも高いです.それは間違いない.
でも,いい大学に行ったからと言って必ずしもいい技術者になるわけでもないんですよね,難しいことに.
それはひとえに「勉強ができる」と「仕事ができる」ということが全くの別物だということに起因するのですが,この話はまた今度に...

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