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低学年時における海外長期インターンシップの有用性について (懸賞論文より)

まえがき (本題からみたいひとはここは飛ばしてもらって結構です)

僕は、けっこう文章を書くのが好きで(という割に、全然ブログは続いていないのですが、、、)自分の客観的なレベルを知るためにも、これまで何回か懸賞論文に応募してきました。 やっぱりブログを書く時よりも気合は入りますし、大概の懸賞論文はテーマが決まっている分、楽というのもあります。(案外好きなことを好きなだけかけるブログだと、どんなことをどれだけ書けばいいのか分からなくなっちゃうんですよね。) 僕は、たまーにネットで「大学生 懸賞論文」みたいに検索して、なにか手ごろなものはないか探したりしていて、去年の年末くらいに「理工系学生科学技術論文コンクール」なるものを見つけました。ホームページを見ると、以下のようなことが書かれています。

日刊工業新聞社では、理工系大学生・大学院生(修士課程)と工業高等専門学校生を対象に、科学技術への思いや日常で感じていることを発信していただくため「理工系学生科学技術論文コンクール」を開催しております。 今、日本は豊かな未来社会を創るため、政府による科学技術の振興を中心に、さまざまな政策・環境づくりに取り組んでいます。これからの社会を担い、科学技術が発展するための原動力となるのは、若い方々の皆さんなのです。 本論文コンクールは、「科学技術と日本の将来」をテーマ(主題)として、皆さん自身が選ぶ副題のもと書いていただきます。自由な発想と日本の明るい将来に寄与する独創的な論文をお待ちしております。

理工系学生 科学技術論文コンクール 「科学技術と日本の将来」より

自分はその時、ちょうどシンガポールでの半年以上のインターンシップがそろそろ終わりそうな時期で、自分の体験をなにかにまとめたいと思っていたので「これだ!」と直感で応募しようと決めたんですね。 だから内容も、自分の経験をほとんどそのまま肯定するようなものになってます笑。 それでは、次のセクションからが本文になります。

はじめに

国際化が進展している現代、高度な専門性を持ちながらグローバルに活躍できる技術者の需要はかつてないほどに高まっており、従来のIAESTE、近年ではトビタテ留学JAPANを代表とするような海外へ挑戦する学生を増やす取り組みが各種なされているが、こうしたプログラムにも応募者の絶対数の不足や研修内容の質の保証といった固有の問題が残っている。本稿では、これらの問題に対する解決策として、「低学年の理工系学生向けの海外インターンシッププログラムの拡充」を提案し、その有用性について検証する。

現行の海外インターンシッププログラムにおける問題点

応募者の不足に関して、学生がこうした取り組みに興味がないのは「海外に興味がない」ことや「語学力の不足」、「経済的要因」がよく挙げられているが、これらはつまるところ海外インターンシップを行う強力な要因が存在しないことに起因する。インターンに行けば経験が増えるのは確かだが、それによって短期的なメリット(就活での優遇や単位の取得)があるわけでもなく、逆に費用の負担や留年の可能性といった大きなリスクを背負わなければならないのであれば、挑戦する理由がないからだ。 また、研修内容の質の保証も大きな問題である。研修先についてはIAESTEは当機関によるマッチング、トビタテは自分自身で開拓することが求められているが、この研修先の不確かさが応募者の低迷を招いている一因でもある。実際、こういったプログラムによるインターンシップの内容というのは多様であるが故、学生へのケアが行き届いていて、見違えるように成長させてくれる研修先もあれば、アルバイトとほとんどかわらないような雑用をさせられる研修先も存在する。意欲的な学生であれば、この不確かさも楽しむこともできるかもしれないが、一般的な学生の感覚としてはどうしても不安感が勝ってしまう。海外で活躍する技術者の裾野を広げるには、こういった学生層に「ぜひやってみたい」と思えるような研修を提供しなければならない。

 解決方法の提案

以上のような問題に対し、私は学部低学年からでも参加できるような長期の海外インターンシッププログラムの拡充を図ることこそが長期的な問題解決へ繋がるものと考える。 まず、絶対数の不足に関しては、大学と受け入れる企業が連携して、学生側の負担なくインターンができるプログラムを用意する。 学生が応募する強力なインセンティブとして金銭的負担なく海外生活が送れ、さらに研修後の採用におけるメリットも明確にする(本採用での優遇はもちろん、長期休暇時のアルバイトなども提供できると好ましい)。学生側寄りの提案だが、売り手市場の現在、「必死にならずとも職は得られる」と知っている学生を動かすにはこれくらいのことをしないと難しいのではないかと考えられる。なお、低学年ならではの利点として経験者が復学後、長期にわたって周囲への波及効果を及ぼすことが可能という点が言える。加えて、早くから「海外インターン」という選択肢を意識させることにより、低学年時では能力的に実施が難しい学生にも、「大学を卒業するまでには経験できるようになろう」という気持ちを引き起こし、結果的な応募者の母数を底上げすることが可能である。 研修内容の質の問題に関しても、企業側が充実したプログラムを提供する動機が十分にあるため、心配する必要はない。というのも、長期インターンを受け入れることによりこれまでよりもさらに「企業の評判」というものが学生の間で拡散力を持つようになるからだ。1週間程度の短期のインターンで見える表面的な感想ではなく、数カ月に渡る研修だからこそ、企業の多様な側面が見えるし、そのような経験をした人による評判の説得力は高い。とくに、人材難が深刻な現在において充実した研修で学生にアピールすることは優秀な人材を確保する上で非常に効果的であるといえよう。ここでも低学年で行う理由を挙げると、研修後の長期に渡る追跡調査によって研修そのものだけでなく、研修後の学生生活の質的向上も可能である点が考えられる。 実際のところ、低学年時での研修であれば自らの能力不足により思い描いていたような研修にできずに終わってしまう場合も考えられるが、こうした経験を積むことで、復学後に自分の足りなかった能力を集中的に強化し、自分の将来像を再設定できるようになる。「研修を終えてどうするか」というのは研修そのものと同等以上に評価されるべき項目であり、これは大学側による学生在学中の直接追跡や企業側の本採用時の選考で見ることができるわけである。こういった課題発見&解決や主体性といった能力は現代社会で強く求められている能力であり、社会的な意義は大きい。

 課題とその対応

以上のように私の提案によってより良い技術者の育成が図れるわけだが、それを実行するにはいくつかの問題がある。 まず第一に考えられる問題が学生の能力不足である。 例えば、学生が英語でコミュニケーションがほとんど取れず、専門知識もほとんどない状態で渡航すれば、それは学生・企業双方にとって不幸なことだろう。とはいえ、必ずしも学生全員が低学年時に行く必要はない。現状、大半の大学で海外インターンをするような低学年の理系学生は0人だが、それが1人になるだけでも周囲にもたらす効果というのは全然違うはずだ。 次に「誰が費用を持つか」という問題であるが、これもさほど大きな問題にはならない。 基本的には企業側が金銭的なサポートをすべきだと考えているが、この負担は自社の従業員を海外に派遣するよりも各種手当やビザの問題を考慮せずに済むため、大幅にコストカットできる。海外進出を図る企業が増えた現在、学生でもいいから人手が欲しいという企業は少なくなく、彼らにとっても悪い話ではないはずだ。仮に学生が一定程度費用を持つにしても、同じ期間留学する場合に比べて負担する費用はかなり少なくなるので、経済的な参加障壁はほとんどなくなる。 最後に「いつ・どれくらい研修に行くか」という問題についてである。海外で研修をするには最低でも3ヶ月はほしいところだが、これは大学によるクオーター制の導入や単位認定の拡充といったサポートで解決を図るべき問題である。とはいえ、高学年時の学生と比べて低学年時の学生は必修の実験が少ない場合が多く、計画も立てやすいはずである。

 まとめ

近年相次ぐ企業の品質管理をめぐる問題に見られるように、その技術力の低下が危惧されている日本の科学技術分野において、将来を担う若手の育成は最重要課題である。 話題になりがちな「英語力」や「グローバル化」への対応も大事ではあるが、だからといって技術者としての根幹をなす「専門性」も軽視することはできない。 このような「二兎を追って二兎とも得る」ような問題に対し、一学生としての回答を示させていただいた。 ここで個人的な経験について話させていただくと、私は学部2年の後期より1年間の英国への交換留学を経て、2018年7月から7ヶ月間、シンガポールのある日系大手メーカーの企業研究所にて自分の専門分野に関するインターンシップをさせていただいた。本稿はこの経験を踏まえて執筆したものである。 自分の例を振り返っても、学生はなにか強いきっかけさえあればあとは放っておかれても勝手に伸びる。だからこそ、その最初のきっかけは低学年時のほうが望ましい。 紙面の関係上議論が甘い部分は多々あるが、本稿を「きっかけ」として、海外インターンシップについて考えてみる学生が増えたり、これに類する議論が活発になってくれれば、筆者としてこれに勝る喜びはない。

あとがき

この懸賞論文、今年度は最優秀賞から入賞までで14人が選ばれるようでした。さすがに、このようなコンテストに200人も300人も応募することはないと思われるので、仮に応募が140通あったとしても、その上位10%に入るものではなかったということです。。。 ただ、自分の論文のどこが悪いかというのは薄々自分でもわかる気がしていて、具体的に言うと1)ほとんどが一般論で、なかなか自分のオリジナル性を打ち出すことができなかった。2)審査するメンバーには文科省・企業の関係者もいると思われるが、彼らに対してやや対立的な内容になった観がある3)調査不足(特にIAESTEに関しては、ネットでちょっと調べた程度)4)引用のやっつけ感(このブログには引用文献の欄は載せていませんが) 自分でも、これだけダメな部分を見つけ出せるのだから、まあ結局ダメな内容ということですね。反省すべきポイントは反省して、これに懲りず、またいろいろと応募していきたいと思います。やっぱりこういうのは量をこなさないといけない部分もありますからね。

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