文化論

国語教育の重要性ー前編ー

今の日本社会では同じ言語教育である国語教育と英語教育を比べた場合,後者ばかりに注目が行き,前者が軽視されている(と僕は感じています).(なおここでいう国語教育とは小中学校及び高校で行われる国語教育のことを指します.プレゼンやディベートなどを含む広範な意味でのコミュニケーション能力については考えません.)

英語が重視される背景はわかります.世界のグローバル化が進み,海外の人と接触する機会が増えたから,彼らとの意思疎通を図るために英語を勉強する.(実態としては受験のため,就職のため,昇進のためという理由によるところも大きいのでしょうが...)

国語教育が重視されない理由

この英語熱の高まりとは対照的に,国語教育が熱心にされているという話は聞きません.ただ,国語教育の量的,質的低下が指摘されているのかと言えば,そうでもない.単純に,みんな国語教育に対する関心がないんだと思います.

その理由として主に3つの要因が考えられると思います.

一つ目の理由は,そもそも国語力というものが漠然としており,その能力を測ることが難しいからです.学校の試験でも国語の試験の得点は安定しないし,問題文との相性ももちろんありますし,同じ問題でも,後日解いてみると前回の答案と結構違う答案になることがままあります.
さらに小論文などになってくると,もう全員一律の学校教育の手には負えません.小論文を添削するのは他の科目の試験答案を採点するのとは比べほどにならないほど技量・コストが必要になってきます.

また,AI研究者の新井紀子さんも「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」の中で,読解力と推論力の有無が学力を決める上で決定的なファクターだとおっしゃられています.要するに物理の成績が悪いのは物理の教科書を読みこなせない読解力にも問題があるのに,すべてを物理に対する適正・能力の無さだけに帰結させてしまう.

もちろん読解力と推論力の養成は何も国語教育だけの専売特許ではありません.ですが,まずは国語教育で基本的な能力を身に着けて,他の科目でさらにそれらの能力を発展させていくのが筋なんじゃないかなと思います.

二つ目の要因は,一つ目の理由と関連しているのですが,国語を勉強する実利的なメリットがほとんどないということです.時間をかけて国語を勉強したところで,実力が伸びたかどうか,いまいち実感がわかない.それならより配点の割合が大きく,時間をかけた分だけ確実に伸びる数学や英語あたりに注力したほうが受験戦術としては正しい.それに,社会に出ても英語力はTOEICやTOEFLで評価されるのに対し,国語力なんてまず問われることなんかないんだから,やっぱり国語の優先順位は低くなる.

「そして三つ目が,移民を多数受け入れている欧米諸国と異なり,日本には壊滅的に日本語ができない生徒,ひいては社会人がまずおらず,したがって基礎的な国語教育に対するニーズが限りなく少ないということです.
日本に住んでいる限り日本語で意思疎通ができない場面はまず存在しません.(もっとも近年は外国人単純労働者の数が増えてきたので,そうとも言い切れないのですが.)だから,日本人にとって言葉というのは呼吸と同じようにあまりにも当たり前な存在で,意識することがほとんどありません.」

そして,日常生活をそつなく過ごしていけるくらいで国語力は十分と思っている.みんな日本語の「読む」「聞く」「書く」「話す」能力に関しては問題ないと信じ切っている.

文科省が定義する「国語力」

国語力を身に付けるための国語教育の在り方 – 文部科学省
これからの時代に求められる国語力 – 文部科学省

ここで話を進めていく前にちょっと(といっても結構長くなるんですが…),文科省の国語教育に対する考え方について批評してみたいと思います.
上記の資料は文科省の文化審議会で取りまとめられた国語教育に関するものです.
この資料自体は2004年のもので,結構古いのですが,当時8歳であった自分が小中高を通じて受けてきた国語教育について振り返ることになるので僕にとっては扱いやすいです.それに,おそらくこの資料の内容は今でも日本の国語教育に対する基本的な姿勢とそれほど変わらないと考えられるので,ここで扱う対象としては適切な範囲内かなと思います.

【考える力】とは,分析力,論理構築力などを含む,論理的思考力である。
分析力は,言語情報に含まれる「事実」や「根拠の明確でない推測」などを正確に見極め,さらに,内在している論理や構造などを的確にとらえていける能力である。また,自分や相手の置かれている状況を的確にとらえる能力でもあり,知覚(五感)を通して入ってくる非言語情報を言語化する能力でもある。
論理構築力は,相手や場面に応じた分かりやすく筋道の通った発言や文章を組み立てていける能力である。

【感じる力】とは,相手の気持ちや文学作品の内容・表現,自然や人間に関する事実などを感じ取ったり,感動したりできる情緒力である。また,美的感性,もののあわれ,名誉や恥といった社会的・文化的な価値にかかわる感性・情緒を自らのものとして受け止め,理解できるのも,この情緒力による。
さらに,言葉の使い方に対し,微妙な意味の違いや美醜などを感じ取る,いわゆる「言語感覚」もここに含まれる。

【想像する力】とは,経験していない事柄や現実には存在していない事柄などをこうではないかと推し量り,頭の中でそのイメージを自由に思い描くことのできる力である。また,相手の表情や態度から,言葉に表れていない言外の思いを察することができるのも,この能力である。

【表す力】とは,考え,感じ,想像したことを表すために必要な表現力であり,分析力や論理構築力を用いて組み立てた自分の考えや思いなどを具体的な発言や文章として,相手や場面に配慮しつつ展開していける能力である。

素晴らしい理念ですね.別に皮肉じゃないですよ笑.
特に美的感性の涵養を論理的思考力や表現力といった他の能力と同じ大きな柱としているのは素晴らしいと思います.個人的にこの部分で引っ掛かるところはありません.

国語教育の問題点

理念は良いでしょう.でも,それを達成するに至るプロセスはどうかというと,まあそこに問題があるわけですよ.

上記の「これからの時代に求められる国語力について」の中で
「これからの時代に求められる国語力を身に付けるための方策について」というセクションがあります.
この章を見てみると

今後,行政が中心となって取り組むべき方策として,特に「国語教育の在り方」と「読書活動の在り方」という二つの課題が極めて重要であると考えた。 これは,国語力の向上に「国語教育」と「読書活動」が最も有効な手段であり「望ましい国語力の具体的な目安」として提示した「聞く力・話す力・読む力・書く力」のそれぞれの目標を達成するために欠かせないものだからである(p.11)

という文章があります.
この文章が一番明示的に書かれていたので引っ張ってきたのですが,「読書」というものは日本の国語教育において大きな意味を持っています.(ほかにも読書について書かれた部分はたくさんあります.)
そして,この言葉が指す通り,書を「読む」ことに国語の教育資源は注がれたわけです.

<「他教科との連携」と「教員の国語力向上」>
「話す」「聞く」の指導については,国語科だけでなく,すべての教科で一層意識的に行っていくことが大切であるそうすることで 国語科は「聞く」「話す」「読む」「書く」のバランスに配慮しつつも「読む」「書く」に重点を置くことができ,現在以上に,効果的・効率的な教育を行うことができると考えられる。(p.17)

ここでも,「読む」「書く」に重点を置くと,はっきりと日本の国語教育の方針が書かれています.
しかし,なぜここまで「読む」(と「書く」)にフォーカスを当てるのでしょうか?

「話す」「聞く」の指導については,国語科だけでなく,すべての教科で一層意識的に行っていくことが大切である,とありますが,それは「読む」「書く」も同じではないでしょうか?

なぜ国語で「読む」「書く」を集中的に鍛え,「話す」「聞く」は,言い方悪いですけど,手を抜いていいとなるのか.僕はこの考えを理解しません.

ほかにも,

情緒力を身に付けるためには,小学校段階から「読む」ことを重視し,国語科の授業の中で,文学作品を中心とした「読む」ことの授業を意図的・継続的に組み立てていくことが大切である。(p.15)

文学は基本的に読んで楽しむという点については別に否定しません.ただ,それを
特に,情緒力を身についてるのであれば,日本語の音の流れやリズムを味わう意味でも「聞く」文学というのはもっと重視されてもいいんじゃないかと思います.
もっとも,文科省側もこういったことに言及していないわけではありません.

<演劇などを取り入れた授業を>
演劇を国語科の授業に取り入れると「聞く」「話す」「読む」「書く」のすべてが有機的につながる授業が可能となる。 言葉が使えるということは「聞く」「話す」「読む」「書く」が有機的につながるということでもある。このことを実現するためには,文学作品として 習うだけでは不十分で,歌にして歌うとか,脚本化して演じるということが大切である。これらは小学校段階においても重要である。(後略)(p.16)

ただ,これもとってつけたような言い方で,どういう風に「有機的につながる」のか,「有機的につながる」ことの有用性はなんなのか,が見えてきません.
つづく

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